PBLとは何か、ご存じでしょうか。教育に携わっている方ならよく耳にする言葉でしょう。
日本では現在、文部科学省がアクティブ・ラーニングに力を入れており、その一つであるPBLが注目されています。
本記事ではPBLについて知りたいと思っている方や新たな教育手法を検討している方に、PBLとはどのようなものか、その取り組み方、特徴、メリット・デメリット、実例などを紹介します。
目次
PBLは「Project Based Learning」の略で、課題解決型学習と呼ばれます。
1990年代初めに米国の教育学者であるジョン・デューイが唱えた学習方法で、PBLとは学習者自らが課題を見つけて解決していく中で、解決能力や実践能力が育まれる方法です。答えが複数ある課題に対し、自分で仮説を立て、調査、検証を繰り返します。答えを見つけるまでの過程を重視する学習理論です。
このPBLには3つの特徴があります。それそれの特徴について解説していきます。
1つ目はグループで行うことです。学習に取り組むために少人数のグループを作り、グループでひとつの課題を解決するという経験ができます。そのため発信力や表現力、協働力などの向上につながります。
2つ目の特徴は、課題に基づいて学習することです。課題は実践場面が多く取り上げられるので、リアリティが感じられ、学習に身が入りやすくなります。
3つ目の特徴は、自発的な学習です。課題解決に向け資料や文献を集め、それらをまとめて人に伝える必要があるので、能動的、自発的な学習が求められます。
PBLが需要視される背景には、文部科学省が現在進めているアクティブ・ラーニングがあります。
アクティブ・ラーニングは教育界で注目されている学習方法です。文部科学省によれば、「学修者」の積極的な「学修」への参加を取り入れた授業や学習法のことです。学修者が能動的に学ぶことで、社会的能力や汎用的能力が育成されます。
※参考:アクティブ・ラーニングに関する議論|文部科学省
このような能力の育成のためにアクティブ・ラーニングでは、発見学修、課題解決学習、体験学習、調査学習などが行われます。教育機関などで実際に行われている学習方法では、グループ・ディスカッション、ディベート(特定の論題について肯定・否定のグループに分かれ説得力を競い合う方法)、グループ・ワークなどが有効とされています。PBLはこのような教育方法の1つです。
文部科学省がアクティブ・ラーニングに力を入れている理由は、従来のような受動的な授業や学習では、情報化社会やグローバル化といった社会的変化のスピードに適応するのが難しいためです。主体的に判断をする力を身に付けて、多様な社会の中で自分を位置づける力を養う必要があります。
従来から行われている、教員が教科書に添って授業を進めていく学習方法はSBL(Subject-based Learning)といい、科目進行型学習と呼んでいます。この方法はある物事について一般的な知識を学習して、原理や構造、使用方法など基本知識を身に付けてから、それを実践にどうしたら生かせるかという課題が出されます。
PBLがSBLと違うのは、学習の順序です。PBLはまず課題が与えられ、その課題の解決にはどのような知識が必要になるか、その知識を得るためにはどのようなことを学べばよいかを生徒が自分で考えます。そして課題解決のためにさまざまな面からアプローチします。
解決までの過程を重視するのに対して、SBLは問題の解決が目的です。
すでにPBLが教育現場などで取り入れられているのは、PBLには5つのメリットがあるためです。以下で説明します。
従来の学習方法は教員が教科書に沿って授業を行い、生徒はそれを聞いて覚えるという進め方です。そのため生徒は受動的であることが多くなり、能動的に学ぶ機会が少ないため知識が定着しにくくなります。授業で聞いていてもいざテストになると、知識が出てこないというケースもめずらしくありません。
これに対してPBLでは人から与えられた知識ではなく、自分で調べて課題解決をする中で能動的に得られた知識なので頭に残りやすいです。このためPBLで獲得した知識の定着率は、受動的に与えられた知識よりも高いといわれています。
PBLの授業では答えのない問題と向き合い、自分の頭で考え、必要な知識や情報を集めて整理しなければなりません。そのため思考力が鍛えられます。課題を解決するには多方面から考えることが必要なので、自分の頭で考えるくせがつき、普段の生活の中でも物事を深く考えられるようになります。
こうして身に付いた論理的思考力は学校の勉強にとどまらず、社会に出てからもビジネス、コミュニケーションなどの幅広い場面において活用することができます。
教科書に載っている公式や基本的な知識を身に付けることは大切です。しかしそれらを丸暗記するだけでは応用力が身に付くわけではありません。PBLでは与えられた課題をどのように解決できるかという方法を探り、必要な知識を集め、それらを応用して解決方法を見出します。
このように、PBLは授業を通して持ち合わせた知識の応用力が高まるので、実生活で問題に直面しても、持ち合わせている知識を応用して課題を解決することができるようになります。
現代社会は情報があふれ、何が正しい情報で何が誤った情報かを見極める情報リテラシー(情報を読み解き活用する力)が必要不可欠です。
PBLの授業では課題を解決するために自分で考え、情報や知識を収集し、それらを応用して解決方法を見出さなければなりません。こうした学習によって膨大な情報の中から、正しい情報や有用な情報を探し出す情報リテラシーが身に付きます。
相手に自分の考えや意見を分かりやすく伝える表現力は、人間関係を築いていくうえで重要です。表現力は小さい頃から鍛えておきたい能力でしょう。しかし日常生活において表現力を鍛える機会は、それほど頻繁には起こりません。
しかしPBLでは、グループ・ディスカッションなどで自分の考えや意見を表現しなければならないので、表現力が自然に身に付きます。
PBLは大きく分けると、チュートリアル型と実践体験型の2種類があります。それぞれの方法、特徴、メリットなどを紹介します。
チュートリアル型PBLは特定の課題に対して、教室など机上で学習を進めていく方法です。最初に課題解決のための仮説を立てて、学習をどのように進めていくかを決めます。そのうえでそれぞれが自習してきた内容を発表したり、ディスカッションを行って、課題解決の方法を見つける学習法です。
チュートリアル型のメリットは、資料を中心とした知識の収集を行い、グループで学習を進めていくので、実践体験型に比べて実施が容易な点です。
実施が容易なチュートリアル型は多くの場所で取り入れられています。
グループでのディスカッションで自分の考えを発表し、さまざまな人の考え方に触れられるというメリットもあります。
一方で、提示された課題をもとに学習を進めるので、実践力を身に付ける効果では実践体験型よりも劣る可能性があります。
実践体験型PBLは民間企業や地域などの現場に入って、実際の社会における課題解決を目指す学習方法です。
現実の具体的な課題に取り組むので学習意欲が高められるうえ、現場レベルの高度な知識がどのように現場で役に立っているかを体験できます。そのため学習した内容が記憶に残りやすくなります。
実践体験型PBLのメリットは実際の現場で学習できるので、実践的で高い学習効果が得られることです。また民間企業や地域など第三者と連携して行うことにより、今後のより充実した学習環境も整えられるでしょう。さらに机上の学習では得られない、実践的知識、責任感、統率力など精神面でも多くを学ぶことができます。
実践体験型PBLのデメリットは企業や地域との連携が必要なので、事前準備に手間や時間、コストがかかり、実施にはハードルが高くなることです。
PBLを実施する場合、どのような方法で行われるのでしょうか。その取り組み方を紹介します。
最初に課題を決めます。課題は提示される場合もあれば、自分たちで見つけることから始める場合もあります。
課題解決に必要な情報を集め、解決の方策を考えて、グループでディスカッションを行います。ここでは課題解決の道筋を明確にしていきます。
道筋ができたら自主学習を行い、さまざまな角度から課題を検証します。課題解決に必要な知識や情報を集め、文献やデータを整理して、グループ討論を行い、課題解決の方法を討議します。
最後に自分の考えをレポートやスライドにまとめ、成果を発表します。最後に、評価観点と学習者の到達度をマトリクス化したルーブリックを使い、振り返りを行います。
実際の教育現場では、PBLはどのように実践されているのでしょうか。以下ではその実例を紹介します。
仙台高等専門学校では、「知識を知恵に変える実践を行うプログラム」を組み、約3カ月のインターンシップ期間を設けて、地元企業へ学生を派遣し、学校で学んだ知識を実務にいかに役立てるかを学習します。
具体的には企業訪問前に事前研修を行って企業の概要を把握した後、1ヶ月目は与えられた課題の文献調査、計画を立案します。
2ヶ月目は企業の指導で実務を行い、中間発表を実施。3ヶ月目は、課題内容を再検討し、課題解決を継続して最終発表を行いました。
事後学習では参加者全員がインターンシップで学んだことを発表して、体験内容を共有します。
学校ではインターンシップ期間中、通常授業を行わないなど、全教員が協力しました。この学習を行ったことで、それまでよりも学習に対して積極的になる生徒もみられました。
PBLにより生徒と企業が企業の抱える問題に一緒に取り組んだ結果、互いにwin-winの関係を構築し、ビジネスに大切な人間関係を学ぶことができています。
新潟大学農学部では、インターンシップにおいて新潟市食育・花育センターで市民と小学生対象に8~9月に2週間、体験学習講座の学習支援を実施。その後、学生自らがプログラムを企画・運営しました。プログラム終了後に課題を洗い出し、1ヶ月後に再度、体験授業内容の企画を練り直して、インターンシップ先の事業所に提案を行います。
インターンシップに問題解決型学習(PBL)を取り入れた結果、学生自身が自分の弱みや強みを知るとともに、就業に必要な企画力・コミュニケーション能力などを養うことができるなど、教育効果の向上が見られました。
これは事前事後のCANチェック、PROGテストの測定結果の数値にも現れています。
また参加した学生によると、当初予想していた以上に得るものが多かったと回答。前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力など社会人基礎力が身に付いたと答えています。
PBLは優れた学習方法ですが、課題もあります。
課題の一つは、生徒の学習をサポートできる人材が必要なことです。チュートリアル型の場合、助言を行う立場のチューターを教員などが担当しますが、チューターの力量によって学習の質に差が出るので、PBLをきちんと理解した人材の確保が必要です。
課題の二つ目は、学習効果を把握しにくいことです。画一的に点数をつけないために、PBLの実施前と後で客観的な評価を行うことが難しくなります。
課題の三つ目は、効果が学習者や課題に左右されやすいことです。課題は、学習者の知識などに関係なく与えられるので、PBLによって得られる知識、学習効果を把握するのが難しく、深く学べない場合もあります。
日本の教育界では今、情報化社会やグローバル化など急速に進む社会的変化のスピードに適応するために、PBLが注目されています。PBLは、従来から行われてきた受動的な教育手法とは異なり、学習者自らが課題を見つけて解決していく過程で解決能力を養い、さまざまな知識を得る能動的な教育手法です。
PBLを導入することによって、知識が定着しやすい、表現力が養われるなどのメリットがあり、今後は更に教育現場への導入が活発になっていくでしょう。
教員人材センター編集部
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